藤川球児のキャリア戦略ー「縁」を生かして辛抱づよい選択をする




阪神タイガースの藤川球児選手が2年間の複数年契約で、契約更新となる見込みであることが、ニュースになっています。37才から38才の2年間更新は異例のことだそうです。

おそらく、コーチ、監督、フロントと末永く球団とお付き合いということになるのかもしれません。

野球選手という不安定な職業の中で、一つの球団とこれだけ良い関係を築けるのは素晴らしいことですね。

本人の才能、努力、環境などいろいろな要素はあるのでしょうが、いろいろな選択肢の中で常に「最善手」を選びことができた結果なのだと思います。

それでは、藤川球児選手の野球選手としての経歴を見て見ましょう。

 

藤川球児選手のプロ野球歴

1998年       阪神にドラフト1位で指名され、高知市立高知商業高校卒業後入団
1999年~2012年  阪神タイガース
2013年~2014年    シカゴ・カブス
2015年      テキサス・レンジャーズ
2015年       高知ファイティングドッグス
2016年       阪神タイガース

阪神タイガースでは、途中先発からリリーフ投手へと臨機応変にスタイルを変更しつつも、「炎のストレート」と呼ばれる持ち味の直球に磨きをかけ続け、投球の切り札として確立します。

長年の夢をかなえるため、「選手生命を大リーグで全うする」という決意のもと、シカゴ・カブスに転籍します。ケガに泣かされ、2015年にはテキサス・レンジャースで移籍するも活躍の機会はなく、自由契約となります。

阪神、その他の球団からのオファーがあったにも関わらず、阪神側の受け入れ態勢が盤石でないと見た、藤川選手は、地元の高知ファイティングドッグスで無給でプレーするという選択をします。高知ファイティングドッグスとの契約に関しては、所属事務所のエイベックススポーツが担当しています。

藤川選手のお父さんは、高知県を中心に事業を展開する実業家で、兄の順一氏は、元高知ファイティングドッグスのゼネラルマネージャー。

その後、旧友の金本選手が監督に就任、入団を請われて2016年より再び阪神のユニフォームを着ることになります。その後の活躍が、今回の契約更新につながったわけです。

 

藤川選手に学ぶこと

野球選手としてプロ野球の世界で長年にわたって仕事をすることは並大抵のことではないでしょう。藤川選手の生き方には、職業人として学ぶべきことが沢山あります。

✔ 自分の強みに徹底して磨きをかける 「炎のストレート」
✔ 挑戦すべきことには、挑戦する 「大リーグ挑戦」
✔ 自分の地元のネットワークを大切にする 「高知」
✔ 業界の人脈を大切にする 「金本監督」
✔ 目の前のことに全力を尽くす

藤川選手がどこまで選手生命を伸ばせるか楽しみですね。




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